顧客満足は続かない。一度絶望させてから感動させろ。
いまどき、顧客満足は当たり前になっている。料理がおいしいとか、電車がちゃんと来るとかいうことにみんな慣れて当たり前と感じているだろう。
サッカーJリーグのFC東京も例外ではなく、雨でも濡れず清潔なスタジアムでサッカーを見て楽しめるだけでは、満足を維持できないジレンマに陥っていた。2007年シーズンはホームの味の素スタジアムであまりに勝てなすぎたという、満足に遠いこともあった。しかし、2008年シーズンにそこそこホームで勝てたらそれでいいという状況ではない。そこそこ勝って頑張ってきたここ3年ほど停滞感があり、チームが伸びていないのだ。2004年にカップ戦で優勝し、顧客の満足基準が上がってしまったのに、チームはその状況からの上積みを見える形で果たせていないのだ。
こういう停滞から抜け出すにはどうすればいいのか?私ならもっと不幸な状態になり、完全な絶望にまではならずとも、絶望の淵くらいまでは落ちてしまうのがよい方法と考える。満足を与え続けようとしても、顧客は慣れてしまうので、むしろ、そこで満足の基準を落とすような絶望に落としてから、驚きや感動を与える希望を与えるのだ。飽食に慣れた人においしいと満足させ続けるのは難しいわけで、一度、プチ災害体験で食事レベルを落とすとかすると当たり前のことの素晴らしさ、ありがたさが分かる。
■今野選手、FC東京に残留してくれるようですね。本当にありがとう。応援します。
こんなことを思い浮かんだのは、FC東京の2007年シーズンの終わり方がひどく、不協和音を煽るような状態が続き、今野選手移籍と覚悟させる報道が続く中、急遽逆転残留となりそうというニュースが来たためだ。まだ契約したというわけではないようなので、安心はできない。
しかし、いずれにしろ、単に選手が滞りなく残留するだけでは何の感動もなく、今野選手の献身的で驚異的なプレーが当たり前になっていたのが、今回の移籍騒動で、決して居て当たり前の選手ではなく、ありがたい存在だと思い知らされることとなった。
一度ライバルチームに移ることを覚悟してしまい、絶望したことで、残留という普通のことで感動や驚きが味わえるのだ。一度絶望した
ので、福西選手や土肥選手の退団とかもやむを得ない出来事のように見えてくる。
■満足を続けることは難しい。一度絶望させてから、感動させろ。
人間はどんなことにも慣れる動物だと、ドストエフスキーは、小説「死の家の記録」で語っている。革命前のロシアでの監獄の中での生活を描いているのだが、実際ある程度は慣れるものだ。
ひどい状況に慣れるだけでなく、幸せな状態にも人間は慣れてしまう。満足という幸せを続けることは難しいので、一度、文字通り、有ることが難しいという、有難さを思い起こさせ、絶望の淵を思わせるのも有効だろう。
そう考えると今回の今野選手の移籍騒動はFC東京の村林専務の高等戦術のように思えてくる。人生もサッカーチームもいいときもあれば悪いときもある。人間万事塞翁が馬というように何がいいことで何が悪いことなのかは後からしか分からない。
危機を利用して、チャンスに変える。絶望させてから感動させるのが良策かもしれない。
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